【女神未来(下)ネタバレ】 大人になる旅

2014/05/25 - かんそうぶん
魔術士オーフェンはぐれ旅 女神未来(下)【通常版】魔術士オーフェンはぐれ旅 女神未来(下)【通常版】
(2014/05/25)
秋田禎信

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魔術士オーフェンシリーズ、20周年おめでとうございます!
自分がハマったのは「来訪者」が最新刊だった頃…と考えるとだいたい13年前かな。
それでも大部分はこのシリーズと一緒にいるんだなと考えるとすげえ感慨深いです。人生の半分近い。
わたし個人としてもそうですが、作中経過時間も20年ということを考えると運命的ですなー。
びっくりするような途中経過を経て続編が発売し、その長い長い物語の旅をして。
この最終巻で最高の結末をみせてもらいました。
もう望むことはありません。なんにもない。
一文字一文字あますところなくこの作品が好きで、自分の一部は間違いなくこの作品に作られているなあと、再確認させられる思いでした。そして読むたびに自分を更新した。ほんとうに幸せなことです。

そんな感じで、信者がひたすら新刊を絶賛するだけのネタバレ感想は追記から!
勢いだけでなんも気にしないで書きなぐってる感じです。たぶん読みづらいし色々間違ってるよ!


最後の最後まで密度が濃い話で、どんどん残りのページが薄くなっていくのにどんどん事態が緊迫していく…という、秋田先生お得意の見事なラストスパートが光ってました。
そしてエンディングがね。晴れやかで。幸せな読後感に包まれました。
なんだ。もう。なんも言うことねえ。

新シリーズに関する思い入れは「鋏の託宣」感想でおおかた言い尽くした感があるのですが…(笑)
ほんとうに、あの通りなんです。あの時に私が感じたパッションに近しいものが、さらに織り込まれて、紡がれて、最高の形のエンディングとして表現されていて、結末は最初からずっと息をしていたんだなとジンとしました。
テーマというのは物語中で表現を変え言葉を変え、反復されるものだとは思うのですが。
それが本当に丁寧で、誠実なお話だったなあ…好きだなあ…といつまでも浸ってしまう。

どこからどう語ればいいのか分からないのですが(笑)
ラストの二行に全部集約されてたのが、ほんとうにもう…泣くわ。幸せ泣きだわ。
作中のいたるところで、それこそ大事なところでもさりげない描写でも、ずっと繰り返されていた「やるべきことをやる」という言葉。戦争で生活をぶっ壊されても世界は変えられず、屋根の修理や昼寝はなくなったりしない。やっても無駄だからといって仕事は減らない。できることとできないことを分けて、できることをやって、できないことは託す。
誰と戦っているかが分からなくても、自分の気持ちさえ分からなくても、絶対に負けることが約束されていても、現実は容赦なくそこにあるし時間は進んでいく。みんなが見たい未来、都合のいい悪役、そういったものに期待をしなければ生きていけないのに、期待は絶対に裏切られる。誰もが誰もを裏切っている。
そういうことを、ちゃんと見て。見たいように見るんじゃなくてちゃんと見て。そこを生きる人間が受け入れられることはなにか。
それがストーリー的なクライマックスとしてはベイジットの決断であり。すげえシンプルに言い換えれば、クリーオウ・フィンランディが日常の中で家族に怒鳴った「とっととやることなさい!」だったのかなー……と思って、はあ…としあわせ吐息をつくわけです。
しかもこのベイジットの決断というのは、マヨールがいたからできた選択だったし。マヨールだけじゃなくてイシリーンも三姉妹も、みんなで戦ったからできた行動だったわけです。
だってもう。まさかのラスボス・ティッシ。
マヨールにとっては「俺と同じくらい馬鹿な妹を守って、謝れるようになる」ための旅。
ベイジットにとっては怖かった母をちゃんと見つめるための旅。
見たいように見るんじゃなくてちゃんと見る旅。
大人になるための旅。
それは彼らにとって、ひとりじゃできない旅だったんだなあと思って…
なんというか、こう。東部編ラストでひとり決断を下し、ひとり旅立ち、ひとり太陽を指さしちゃったりしてた二十歳のオーフェンさんを思い出して…ウウッ、となるわけですよ。
それはラッツエッジラチェットの姉妹だったり、サイアンやヒヨといった友人だったり、ダンやビィブといった同志だったり、イシリーンという婚約者だったり…。
常に誰かと協力して進んでいく形態がとられていたのが、新シリーズのキモなのかなと思います。
勝っちゃいけない勝負の負けを受け入れること。思考停止の誘惑に耐えること。ちゃんと目の前を見ること。
そんなのはやっぱり、ひとりだと無理だもの。
新シリーズはシリアスなシーンが多いし人もいっぱい死ぬけど、なにげない会話とか、考え方の根底になんとなくお気楽さというか、たくましさがある感じがして。だからわたしはすごくポジティブな印象をもって読んでいたのですけれど。
やっぱり、そうだなあと改めて思いました。大事な決断の前後ですら、三姉妹が周りでギャアギャアしてる。そういう感じ。

すべては繰り返しだけど、ちゃんと進んでる。
だから世界は行き詰まってない。慈悲は下りない。女神は未だ来ず。
「原大陸開戦」からずーっと言っていたように、誰もかもが見事に負けて、それでこの、先行きを感じるラストシーンだからなあ。
それが生きるってことだよなあ、とか。いろいろと考えてしまいました。
なんかね。身につまされるんです。また自分語りになっちゃうんですけど。
オーフェンを読んでいた時のわたしは間違いなく子供の部類だった少女で、新シリーズを読んでいる今のわたしは大人になってしまった元・少女です。それは「鋏」の感想にも書いた通りなのですが。
だから、「大人になったんだ」という言葉は、自分にとってリアルで。すごく自然に寄り添ったというか。
なんだろう。やっぱりこの物語は子供だった大人に向けて書かれたのかなと、そんなことを妄想したりしたわけでした。


全体の感想としてはそんな感じです。
各キャラクターも魅力的に動いていて大興奮でした。まずカーロッタは本当に素晴らしいキャラクターだなあと。かっこよすぎる。はぐれ旅西部編のキムラックからずっとキャラがぶれてなくて、なにも持っていないはずなのに立ち回りが本当に鮮やかで…ほんとにすごい。オーフェンとの会話も切なく、最期までブレずに清々しいキャラでした。
クリーオウとカーロッタの因縁については「約束の地で」を読んだ時点でいちばん気になっていたところなので今回の会話はすごく美味しかったです。もう第三部はいらないな。彼女らが繰り返して来た戦闘や、過ごして来た時間の凄みがキャラクターの中にちゃんとある。
マジクかっこいいキャーが「原大陸開戦」で、オーフェンかっこいいうおーが「魔術学校攻防」だったと個人的には思っているんですが、「女神未来」はまちがいなくクリーオウかっこいいドキッでした。なんだあの射撃の腕前と戦場での落ち着きぶりは。惚れる。
あとラチェットとサイアンが…。なんなんだあのかわいい生き物は。ラチェットの「犠牲は嫌い」という言葉がすごくよいです。「許せない」とか「あってはならない」じゃなくて「嫌い」なのが。
あとオーフェンとコンスタンスー! ずっと絡まないなあと思ってたらまさかの最終巻で出してきて本当にニクイ演出だなあと! この二人の関係だいっすき。相変わらず気安い間柄みたいでよかった。まあサイアンとラチェが仲いいところからも分かる気がするけど。
そしてサルア市王でめちゃくちゃ爆笑しましたすいません。字面が卑怯すぎた。
一行で消滅してたスウェーデンボリーにもちょっと噴いてしまった。
そんでもってエドおじさんと…ロッテーシャ。よりによって14歳時の全裸アタックなのがコルゴンの心中を現していてよいと思います。最大の弱みだし、すごく辛いシーンだけど、エドの中にロッテがずっといることとか、マキくんのややずれた心配なども含めて、すごくよいシーンだったと思う。クリーオウとライアンも。マヨールとイザベラも。
そうなんですなによりも一番今回輝いていたのはもう本当にマヨール君だと思います。あいついい男すぎる。マヨイシはいい男といい女がナチュラルラブくさで本当にかわいすぎるだろう。なんだあいつら。
しかしこうまで「いい男」だと思ったのは、なんか…大きくなったな…という感慨も含めてだと思います。なぜか親戚のおばちゃんの目線。
秋田先生が以前インタビューで「主人公がマヨールなのは何するか分からないところがあるから(三姉妹は行動が予測できる)」という旨の事をおっしゃってたかと思うんですが、ここまできてそのへんが遺憾なく発揮されておりました。まさかそう来るかー! ここでヴィクトール殴るかー! 俺の妹来るかー! ベイジットー! とか!! なんかもういろいろ、ずるいじゃん! きょうだい萌えは爆発して死ぬわ!!
何度も書いてる気がするけど、兄と妹の関係でここまでリアルで、かつロマンいっぱいなのをサラッと書いている筆が本当に見事だと思います。この兄妹はね…いいよ。すごくよいよ。
ということでやっぱり新シリーズの主人公はマヨールだと思っているのですが。でもベイジットでもあるなと思いました。はぐれ旅では個人的にオーフェンとアザリーをどっちも主人公だと思っていたのですが、その感覚に近い。

そして贔屓キャラなので別枠をもうけますが、マジク先生が相変わらずマジク先生でわたしはしにました。
そこで、本当に、最ッ後の最後で「お師様」出すとか、もう、ずるいじゃん。そんなのずるいじゃん。
すばらしいねー。このマジクの枯れっぷりと、枯れながら枯れたままちゃんと生きてる感じ、本当にすばらしいねー!
最後の挿絵付きのオーフェンのシーン、実によいですね。あそこでテンションがすごく懐かしい「魔術士オーフェン」になったというか。やってることはかつての部下と戦いそれら全部を死なないまま無力化してモツこぼしてたキムラックを踏襲、という極めて陰惨な感じなのに。雰囲気がライトになった。直前のシーンの清々しさもあることながら、すごいいいテンポだなあと思いました。
とはいえ、最初はちょっとびびりました(笑) でもマジクの中にカーロッタに対する殺意がある以上は、あそこにいるのはまあ自然だし。しかしそこでオーフェンがああ叫ぶことで気勢が削がれ、「終わったっぽい雰囲気」を感じてあそこで苦笑しちゃう姿からこれまでくぐった修羅場の数々を感じさせるというか妙に貫禄のある呑気さを感じたし。結婚の話とかしとるし。
立場が変わったマジクにナチュラルに命令するオーフェンと、難癖つけながら結局従うマジクとか。なんなんだ。お前らほんとうにおいしいな。
オーフェンとマジクの間にある信頼関係というのは、もうなんか利害とか立場とか信念とかそういうものではないんだなと改めて思って、そのナチュラルさにわたしはうおー…となりました。すげえさじ加減だと思う。
そんでもって「あんなカーロッタ一匹ブチ殺したところで満足するわけあるか! その後誰が腑抜けたてめえの面倒見ると思ってんだ! んな酔いしれた性根でてめえのお師様がどんだけのもんか確かめる度胸があんならやってみろ!」
これ今まで作中でさんざん繰り広げられたどのマジク評よりも的確だと思った。ありがとうございました。


そんな女神未来でした。
さんざんいろいろ語りましたが、物語、キャラクター…そういったいろいろ大切なものに絡めて、今まで「オーフェン」で出して来た設定をすべて回収して物語に組み込んでいる、という取り組み方にも、最終章っぽさを感じました。そしてファンサービス感。とてもいい意味でのそういったものも。
腕力強化の魔術から、オーロラサークルだったり、ネットワーク合成人間だったり……いろいろあって。
そしてラストの「剣とドラゴン」に結びつくというのは……本当に。秋田先生の頭の中どうなってんだろと思いました。
はじめは「これ以上の続編を出す気はしない」とおっしゃっていた先生の言葉と、しかしそれでも始まったという事実に対する答えが。すべての結びであるそのシーンを見て、分かった気がしました。いやまあ、キッパリと「これ」と言える答えが分かったわけではないんですが。それが本質ではないと思うし。
とにかく。
今読めてよかったです。シリーズ発足から二十年後の今日も、現在進行形でこの物語を好きでいてよかったです。
オーフェンに関してはいつも同じことしか言えません。
こんな物語は普通のやり方じゃ絶対に成立しないと思うから、読めた事に感謝するよりほかにない。
幸せだ。
ほんとうに、幸せだ。
この物語を世に出すことに尽力したすべての方々に、ありがとうと言いたいです。

番外編はお気楽にやっていただければなと思います。もう何も言うことないから。
ハーティアが気になるなあ、と思いつつ。どんなキャラのお話でも楽しいだろうなあ。
さりげなく書かれていたティフィスの事情もちょっと気になりつつ…まあ、でもそこはヘビーなのであまり触れない方がいいのかなとも思いつつ。ティッシやフォルテも含め、《塔》組のおはなしも読みたいな。
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特に書くこともないけど | まだ感想は書かないぞー

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